いきなり事後のステバキ。
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目を覚ますと隣の体温がなかった。
ぱちり、と瞬きをする。
シーツの上に投げだした腕の内側には点々とうっ血の痕が残っている。
一線を越えた実感は余りなかった。
(こんなところで)
ぽかん、とそんな思考が浮かぶ。
ごく小さな部屋だ。壁にはひび割れや染みがあり、住民もまばらな古いビル。
世界各地を二人で転々としている現状は、キャプテンアメリカの華々しいこれまでを思うと、酷くみすぼらしい。
そしてまた、彼が自分を助けたことがきっかけで今日の状態になったことを思うと、昨夜のことは口さがない連中にまたひとつ恰好のタネを与えたような気がした。
個人的な感情で、正しい道を見失った男と。そこに安っぽい下半身事情まで加えてしまった。
自分のせいで。
じりじりとした感情は、今に始まったものではない。祖国のために隣で戦っていたあの頃も、もっと昔、ブルックリンの街を並んで歩いていた頃にも、それはあった。
安全ではあるが常に人目のあったワカンダから離れ、二人だけの日々を重ねる中でタガが外れた。
柔らかい肌の美しい女性ならともかく、傷だらけで無精ひげの男がコトの済んだ寝床にいつまでもごろごろしていても気色悪いだけだ。さっさと起きなければと思いつつ、妙に身体が重かった。
身体面の問題ではない。確かに昨夜のダメージは結構なものだったが、血清が投与された身体には軽い。一晩もあれば十分回復するはずだ。
(起きろ)
起きて、服を身に着け、できればプロテクターも。
地図を広げ、今日の情報をチェックし、昨日と何も変わらない顔をする。
シャワーの音が止まり、昨日を洗い流したあいつが出てくる前に。
「バッキ―?起きたのか」
声がしてぎょっと振り返る。
腰にタオルを巻いただけのスティーブが、慌てたように近づいてきた。
「いや、」
今起きるとこだ。
なにが「いや」なのか、自分でも分からないまま急いでベッドから出ようとする。だが近づいてきた身体が進路をふさぎ、それどころか巻いたタオルをそのまま床に放り出すと、シーツの中に入ってきたので仰天した。
「うわ!なんだお前」
「え」
「なんで来るんだよ」
せっかくシャワーまで浴びたのに、という意味だったのだが、相手は違う意味に取ったらしかった。きょとんとしていた顔が強張る。
「まさかバッキ―、覚えてないのか」
「んなわけあるか馬鹿野郎」
真顔で言いだすので、思わず手が出てしまった。結構いい音がして、殴った後で自分の方が焦るが、相手も超人兵士なのでダメージを受けた様子はない。
「ああ良かった」
ほっとしたようにそう言うと、両手で顔を挟みこんで当たり前のようにキスをしてきた。そうしてそのまま腕を回してくるので本気で戸惑う。
「お前、シャワー浴びたのに戻ってどうするんだよ」
「いや、目が覚めたらあんまり汗でべたべただったから、そのままくっついたらバッキ―が気持ち悪いかと思って」
「んなわけあるか」
一人で寝台に残されてシャワーに行かれるよりよっぽどましだ。
そう言うとスティーブがさっきと違う雰囲気で真剣な顔になる。
「僕がシャワーに行ったことでそんな風に思ったのか」
「普通そうだろ」
「そうなのか!?」
その反応を見ていて、ふと恐ろしい考えに行きあたる。
「……よもやまさかと思うが、そんなわけないよな」
脈絡のない呟きだが、幼馴染にはちゃんと意味が伝わったらしい。嫌そうに顔をしかめる。
「いいだろ別に」
「おい、まじかよ。世の中の女は何をやってたんだ」
思わず頭を抱えた。この状況になったことだけでも気が引けるのに、まさかまさかの事態とは。
だが、時々ひどく性格がが悪くなる幼馴染は、バッキ―の苦悩を鼻で笑い飛ばした。
「もともと軽い付き合いは別にいらないって言っただろう。本当のパートナーがいればいいって」
「おいおいおい…」
抱えた頭が上げられないところに、シャワー後の熱が残る身体が、無遠慮にのしかかってくる。
「後悔してももう遅い。僕の初めてはお前だ」
「言うな馬鹿野郎!」
なんだか立場が違う気がしつつ抗議するが、相手は取り合わず声を立てて笑う。
笑って腕を回し、強く抱きしめられた。
「ごめんバッキ―、不安にさせて。無神経だった」
「女の子相手ならあっという間に振られるぞ。覚えとけモヤシ野郎」
「この期に及んで女の子とか言いだす馬鹿の言うことなんか知るか、この間抜け野郎」
その後、何の計画もない半日を触れあいながら過ごした後で、やっと服を着たスティーブがふと、
「もうトニーから『童貞』と言われても言い返せるな」
と漏らすものだから、
「本当に勘弁しろよ…」
とバッキ―はがっくりと肩を落とした。
おわる
真面目に始まってばたばたと終わるのはここでもか…