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Half of Bean分室

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ランチタイム

獄中ステバキのランチタイム

先日のネタの続き


 

外でランチを取ろう、というバッキーの提案で、二人は通路を通り中庭に出た。

付いてくる警備はいない。手錠を外された超人兵士二人に、武装した監視を10人つけようが20人つけようが、ことが起これば怪我人と人質が増えるだけだからだ。

 

昨日は雨が降ったはずだが、強い日差しのせいか庭の芝生は乾いている。

刑務所内の庭にはベンチもあったが、日を遮るものがないので二人は木陰の下のスペースに腰を下ろすことにした。

「ほら」

「ああ」

スティーブは支給された食事のトレイを手渡す。バッキ―は一度膝にそれを置いたが、片手で食べるには安定が今一つなようで隣の地面に置き直した。

「向こうのベンチに行くか?」

気が付いたスティーブが尋ねるが、

「いや、いい」

と首を振る。

 

トレイの中身はパンが半分とハンバーグらしきもの、ボイルした野菜、そして何かのマッシュだ。そして今日は珍しく生のフルーツもついていた。カットしたオレンジの色が鮮やかで、スティーブは目を細める。バッキ―の方も同様だったらしく、真っ先に摘まむと口に入れていた。柑橘類独特の匂いが周囲に広がる。

監獄の食事だ。当然ながら簡素なものだが、70年前の兵站に慣れていた二人から見れば十分まともなランチだった。

「これはなんだろうな」

「…何かの野菜だね」

とことん歯応えのない緑の物体に加え、どろりとしたマッシュポテトがメニューに入っていたので、これはもしかして囚人の高齢化対策なのでは、としばし推論を述べ合いながらプラスチックのフォークでトレイの中身をつついた。

 

 

「静かだな」

「うん」

高い壁に囲まれ、開いているように見える空は、もちろんシールドで覆われている。それでも風は吹き抜け、外界の音も聞こえた。

見かけだけでも開放的な環境なのは、二人が捕縛されたのではなく自ら投降したからだ。

「独立記念日は過ぎたよな」

「先週ね」

「花火は上がったのか?」

「音がしてたよ」

「見たかったな」

奇妙なものだが、監獄の中の生活は酷く穏やかだった。昔アメリカ国旗に忠誠を誓ったままに、今は司法の管理下にあり、逃げ隠れする必要もない。

 

「ブルックリンにいたころ、港に花火を見に行ったよな」

トレイの中身を綺麗に片付けたバッキ―が芝生の上に寝転がりながら呟いた。

「覚えてるか?学校さぼって早くから行って、すごく良い場所が取れた時があった」

そう、花火は夜からだというのに朝から二人で出かけ、花火の真下に近い位置に陣取ったのだ。

「一発目で僕は鼓膜がずれた」

スティーブが言うとバッキ―は目を閉じたままくくく、と喉を鳴らす。

「驚いたぜ。いきなら耳を押さえてうずくまるから」

「ぼくだって驚いた。結局あの後耳を塞ぎながら見たけど」

「半分までな」

「そうだっけ?」

相手の方が自分のことを良く覚えているのはいつものことだ。しばらく流れる雲を見上げていたスティーブは、バッキ―がうとうとしているのに気付いた。が、

「お前の誕生日、祝い損ねた…」

半分寝た声がぼやくように言うのに軽く吹きだす。

「もう祝われて嬉しい年でもないよ」

「98歳か。再来年で一世紀だな」

「真ん中の期間ごっそり寝てるけどね」

「100歳の誕生日は…」

「お前の方が先だろ。ケーキでも欲しい?」

「クリームとチョコレート山盛りで頼む」

「太るぞ」

「血清の代謝力に期待する」

どちらともなく軽口にまぎらわせる。今、二人は互いに服役の身だ。先を語るには未確定のことが多すぎた。

 

目を閉じているバッキ―の顔が穏やかだったので、スティーブは開きかけた口を閉じ、代わりに持ちこんだスケッチブックと鉛筆を取り上げた。

絵を描くのは随分と久しぶりだった。獄中で描き貯めたスケッチが結構な量あったのだが、とある依頼を拒否した折に没収されたまま返って来なかったのだ。

さらに後日それらがネットオークションで売られたことが分かり、監獄のモラルの低さが露呈して騒ぎになった。もちろんおおっぴらに抗議はしたし、謝罪と再発防止の約束も取り付けはしたが、それ以来不快感もあって筆をとる気は失せていた。
だが、今日は気分がいい。隣にある体温と呼吸に意識の一部を向けながら、目の前の塀に閉ざされた庭ではなく、記憶の中の光景を紙の上になぞった。

港の光景。祭りの準備をする人々の交わすやり取り。はみ出しかけた幼馴染のシャツ。一日がかりになるからと、母にサンドイッチを作ってもらったのを思いだす。

優しく懐かしい記憶だった。

 

 

 

風が頬に当たる感触が気持ちいいな、とぼんやり思った後、バッキ―は慌てて目を開けた。

寝る時間なんか後で腐るほどあるというのに、モヤシの貴重な時間を無駄にしてしまうところだ。

だが、隣に座ってスケッチをしている横顔が目に入って、焦る気持ちはすとんと落ち着く。

こちらが起きたのに気が付いたらしいスティーブが、視線を向けてちらりと笑った。

「俺、どのくらい寝てた?」

「10分くらいかな」

「ほんとか?」

「うん、多分」

随分深く眠ったのか、もっと長かったような気がするが太陽の位置からすると、どうも本当らしい。

良かった。スティーブは気にしないかもしれないが、彼が厄介ごとを秘密裏にこなした報酬として作った時間なのに、昼寝で終わりになったりしたら自分で自分を殴りたくなる。

「何描いてるんだ」

だがそう話しかけると、スティーブはさっとスケッチブックを見えないように閉じてしまう。

「相変わらずケチだな」

「まだ描きかけだから」

絵で生計を立てていたこともあるというのに、幼馴染は昔から完成前の絵を見せることを酷く嫌がった。もちろん強引に見たこともあるが、怒ったモヤシ野郎の機嫌が直るのには結構な時間がかかるのでそれ以降止めた。

 

「なあ」

見せろよ。

そういうつもりで右手を相手に伸ばすと、スティーブは何故か驚いたような顔をして、それからバッキ―が伸ばした右手を握った。

 

(いや、そうじゃなくて)

咄嗟に言葉が出なかったのは、乾いた手の感触と体温のせいだ。

「寝てていいよ。もう少しでできる」

低く穏やかな声でそう言われ、軽く親指が自分の手を撫でるのを感じると、振りほどく気が失せた。

そして代わりに眠気が甦ってくる。

手元を見つめるスティーブの横顔は静かに集中していて、自分が昔からこの表情を見るのが好きだったのを思い出した。

こいつがいいって言うならいいか。

そう思いつつもう一度目を閉じる。つないだ手に軽く力が入るのを感じ、起きてるぞ、と伝えるつもりで握り返した。

 

 

細部を描きながら、スティーブはちらりと隣で寝息をたてているバッキーの顔に視線を落とした。

周囲への警戒で熟睡できないと言うのは聞いてはいたが、その緊張は収監されて以降もなかなかとれないらしい。睡眠時間も短いのだろう。目の下に濃くクマが浮いている。長く伸ばしていた髪を昔と同じ程度に切った分、昔との違いが際立って見えた。

さっきなにか言いたげに手を伸ばしてきたので、とっさに握ってしまった。驚いたように一瞬引きかけた手が、行くなと引き留めた自分の手の中で大人しくなったときの胸のざわつきを、何と呼べば良いのだろう。

君がここにいて、僕に手を預けて眠っている。

思わずつないだ手に力が入りそうになると、気づいたらしいバッキーが宥めるように優しく手を握り返してきた。

 

 

 

結局、絵は仕上がらなかった。
久しぶりだと進みが悪い、と言い訳をしたが実際にはスケッチブックに描く風景より、手の中の体温と隣にある呼吸に意識を取られたというのが正しい。

しばらくしてもう一度目を開けたバッキーはさすがに起きると言い、スティーブも立ち上がった。

「結局運動しなかったな」
すまなそうにバッキ―が呟くのにスティーブは笑う。
「僕はしてる。運動不足なのは自分だろ」
「ああ、そっか。…じゃあ次はスパークリングにするか。時間無制限で」
「片腕なのに強気だな」
そう言うとバッキ―はニヤリと笑った。
「そう言って舐めてかかってみろよ。泣かしてやるぞ」
「言ってろ」
大して広くもない庭を歩きながら二人して小さく笑う。つないだ手を何となく振ると、今さら気付いたようにバッキ―が沈黙した。
「おい、いい加減放せよ」
「今さらだろ」

『終了だ、キャプテン』
無機質な声が頭上から響き、スティーブはそっとつないだ手を離す。
「じゃあまた」
「急がなくていいぞ」
自分の棟に戻っていくスティーブの背を見送りながら、不意に冷たく感じる右手をバッキ―は持て余し、ごわついた囚人服のポケットに突っ込んで握り締めた。





おわる


neoteny様のステバキブログとのリンク記念。

 

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